特殊鋼の知識
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新潟営業所開設
この度、新潟県阿賀野市に新潟営業所を開設いたしました。
毎月、出張ベースで新潟県内のお客様を定期訪問していましたが、主要なお客様の業績向上に伴い、弊社内で行っていた機械加工等のスペースも手狭になった為、新潟に営業所を開設した次第です。名称は営業所ですが、機械加工を主に、様々なサービスをご提供しています。
敷地は約2000坪、建坪は約500坪で開設、将来的には建坪を2倍にする計画で、それを視野に入れた設計になっています。事務所棟は2階建てで、1階が事務所、2階が食堂兼会議室となっており、又、現場建屋は鋼材棟と加工棟に分かれております。
鋼材棟は、クレードルを使用することで最大で約1000トンを収納することが出来ます。
加工棟は、空調設備を完備し、高精度な機械加工を可能とした環境となっております。
新潟県内で採用した人材を、弊社甲府営業所にて研修を実施し、機械加工並びに鋼材在庫管理のノウハウを身につけました。立ち上げ当初は、弊社甲府営業所の関係者に数週間立ち会ってもらい、スムーズな立ち上げが出来るよう、又、お客様にご迷惑をお掛けしないよう万全の体制で臨みました。
従業員は6名からスタートしました。40歳代が1名、30歳代が1名、20歳代が3名と若い職場です。全員、未経験からの出発でしたが、若さを武器にあっという間に仕事を覚え、1人立ちできるようになりました。 新潟営業所ができ、新潟県内のお客様への距離がグンと縮まり、何かがあればすぐに飛んで行ける体制となりました。距離のアドバンテージを最大限に活かし、更に、皆様のお役に立てるようにしていきたいと考えております。
最後に、7月11日に竣工式並びに懇親会を執り行いました。多くの関係者の方々から祝福と激励を頂戴し、改めて身が引き締まる思いです。
今後とも、ご愛顧の程どうぞ宜しくお願いいたします。
新潟グループ マネージャー 中川 淳

新潟営業所への業務移管
甲府営業所で約16年間続けていた新潟のお客様の仕事を、この度新潟営業所を開設した事に伴い、6月に業務の移管をしました。引き継ぎを行う為に、3月より新潟で採用した社員が4ヶ月間にわたり甲府営業所で研修を行い、業務を習得しました。設備については、切断機1台、旋盤2台、プレーナー2台、両頭フライス盤を2台、計7台の機械移設を2週間かけて行いました。設備製造メーカーが既に無くなっている機械もあり、移設業者さんと自分達で、通常業務の合間で時間を作り、土日だけで実施できたことは、初めての事ばかりで難しい仕事でしたが、良い経験を積む事が出来ました。
新潟営業所への業務移管により、1500uある現場のうち、300uが空きました。場所が空いた事により、品物に合った作りやすいレイアウトにすると同時に、この場所を活用して、更に加工の仕事を拡大してゆく所存です。既存の仕事を増やすのは勿論の事、これまで甲府営業所では行ってこなかった加工を立ち上げ、経営の安定化を図ります。方針として、少ない人数で沢山の仕事をこなすことを考えております。そうすれば低価格でも収益を良くする事が出来、お客様の要求に応える事が出来ると思います。その為には機械やロボットの導入も必要と考えております。また設備だけでもダメで、誰でも使えるようにする手順書の整備も重要となります。海外の方や女性が活躍できる現場を作ろうと考えております。
新潟営業所共々、お客様と共に、ますます発展できるように頑張ってまいります。
取締役 甲府グループ マネージャー 伊藤 勇輔

『憩』
■ワールドカップ ロシア大会
初出場の1998年フランス大会では、中山雅史が日本人初ゴールを記録したものの、1勝も出来ずにグループリーグ敗退してしまいました。
2002年の日韓大会では中田英寿を中心に戦い、ロシア戦で悲願のワールドカップ初勝利を挙げ、その後のチェニジア戦にも勝利しグループリーグ突破しベスト16という成績で大会を終えた。 その後のドイツ大会では1勝もできずグループリーグ敗退。南アフリカ大会では、PK戦の末に、惜しくもベスト16で終わる。 ブラジル大会は、ザックジャパンでかなりの期待があったがグループリーグ敗退。 そして今年6月のロシア大会。ハリル監督が大会直前で解任されドタバタしてしまって期待できない中で結果はまたもベスト16でした。 2022年はベスト8以上の結果を期待したい。
浦安プロジェクショングループ 切断チーム 中西 悠太

30年夏号